BIO

THE NEW DAWN OF DUB

DUBFORCEは、80年代を駆け抜けたジャパニーズ・ライブ・DUBバンドMUTE BEATのオリジナル・メンバーだった屋敷豪太(ドラムス)、ダブマスター・Xこと宮崎泉(ミックス)、増井朗人(トロンボーン)の3人を核に結成された。そのきっかけは2015年3月に行われた盟友である朝本浩文のためのベネフィット・コンサート「ASAMOTO LOVERS AID」である。このライブでお互いの実力を確認し合ったメンバー達が、「もっとこのメンツでやりたい」となったのがDUBFORCEである。
 すでに4回のライヴが行われ参加したのは、Watusi(ベース)、アイゴンこと會田茂一(ギター)、巽朗(サックス)、エマーソン北村(キーボード)の4人。デビュー・ライヴのトランペットは多田暁が参加したが、2回目以降は多田に代わりオレスカバンドのSAKIが参加。さらに客演していたいとうせいこうは、渋谷のWWWで行われた2回目のライブのステージ上でメンバー入りを宣言し、ワーズ(ポエトリー)担当として重要なポジションを担っている。
 このDUBFORCEは単なるレゲエ/DUBのバンドではない。そのことは屋敷豪太、ダブマスター・X 、増井がMUTE BEAT以降に参加したキャリをたどれば一目瞭然である。
さらにWatusi(角田敦)は、今でこそダンスミュージックのクリエイター、DJとして名高いが、古くからベーシスト、アレンジャー、プロデューサー、COLDFEETとして活躍している。アイゴンはエル・マロ、FOE、LOSALIOSでの活動や、木村カエラや柴咲コウのツアー・メンバーなどでも幅広く活動中し、Watusi、増井との付き合いも長い。エマーソン北村は、JAGATARAから後期MUTE BEATにも参加し89年のMUTE BEATアメリカ・ツアーにも同行している。
この一癖も二癖もある手練たちの創り出すデンジャラスなダンス・ミュージックに注目です。

主要メンバープロフィール

屋敷豪太

82年、こだま和文らとMUTE BEATを結成。86年、MELONに加入し、ヨーロッパ公演。87年、中西俊夫、藤原ヒロシらと「Major Force」を設立。88年、イギリスに渡り、Soul II Soulのシングル「Keep on Movin’」でプログラミングを担当、全英5位。91年、Simply Redに正式ドラマーとして加入、同年にリリースのアルバム「スターズ」は全英チャート1位を12週間記録。Simply Redと並行してDepeche Mode、BJORKのリミックスを手掛け、SINÉAD O’CONNOR、Neneh Cherry, Massive Attack等の作品ではプログラミングやアレンジを担当。現在は活動拠点を日本に移している。

増井朗人

83年、MUTE BEATに加入。以後ほぼ全てのレコーディング、Liveに参加。89年のUSツアー(SF,LA,NY)後バンド解散に伴いフリーで活動。87年~97年のLÄ-PPISCHサポート・メンバーとして10年もの間帯同。その間、91年~97年はTHE THRILLのメンバー、98年~00年まではKEMURIのメンバーとして活動。以後2年間の療養生活後、復帰し精力的にレコーディングやLiveに参加しているが元東京スカパラダイス・オーケストラの冷牟田に誘われThe MANに参加。現在Trombone 3名・和太鼓 2名・Chapman Stick 1名によるHybrid Woeld Music『Codex Barbès』を結成。

DUB MASTER X

82年〜90年、MUTE BEATにLIVE DUBエンジニアとして参加。84年頃からバンド活動と並行してDJ活動を開始。原宿モンクベリーズをホームグラウンドとして各所でプレイ。PAはYMOのUSツアーを手がけた桜井冬夫から、音楽はヤン富田を師匠とする。MUTE BEAT解散後はPAエンジニア、DJ、リミキサーとして活動開始。傍らで作曲、編曲、プロデュース、プログラミング、PAオペレート&プランニング、舞台音響、レコーディングエンジニア。09年にいとうせいこう、かせきさいだぁ≡と供に新ユニット「THE DUB FLOWER」を結成。